通関士勉強と映画と趣味のブログ

通関士勉強記事いったん削除したけど、やっぱり半分復元

ジャックと「お母さんの木」(映画についての考察)

通関士の勉強しないといけないんですが、祖母に心を乱されて、この記事が書きたくなったので書きます。

 

『ヴァンパイア/最期の聖戦』の主人公ジャック・クロウは、子供の時、両親を亡くしました。吸血鬼に咬まれた父親が、咬まれたことを秘密にし、5日目に発症し、母親を殺し、ジャックも襲いました。そしてジャックは父親を殺しました。その後ジャックは教会の孤児院で、吸血鬼の始末人になるべく育てられました。

ジャックは乱暴で、汚い言葉を使います。しかし、ジャックの生い立ちを考えると、まともに育つ方が無理だと思います。

「神父だってブッ殺すぞ。俺を甘く見るんじゃねぇ」

「俺は自分の父親を殺した。お前だって殺すぞ」

監視役のアダム神父(後の相棒)に言った脅しには、自虐のような響きもある気がします。

ラストで、相棒のモントヤが2日前にカトリーナ(吸血鬼に咬まれた娼婦)に咬まれたことを秘密にしていたことが分かりました。これ、ジャックの父親を彷彿とさせますよね。ジャックはおそらく、モントヤの異変に気付けなかったことを悔やんだと思います。ジャックは悲しそうな目をして、モントヤと抱擁し、殺すまで2日間の猶予をあげて逃がします。もし父親の異変に気付いていたら、同じように逃がしてあげていたかもしれません。

 

孤児院で始末人として訓練されたジャックは、たぶん十分な愛情を受けず、粗野な男たちと一緒に生活していたんだと思います。その上、父親を殺したという罪悪感。どれだけ孤独だったことでしょう。

情に厚いモントヤとの出会いはジャックにとって最初の救いだったのかもしれません。そのモントヤがカトリーナに恋をして、途中ジャックと喧嘩し、最後には吸血鬼になってカトリーナと去っていきます。ジャックの目が本当に悲しそうです。

 

アダム神父を新たな相棒として吸血鬼の残党がいる刑務所の中へ入っていくところで映画は終わります。

ジャックにとってアダム神父と出会ったことがもう一つの救いだと思います。アダム神父はジャックから色々暴行を受けますが、悪意を持たず、忍耐と慈悲深さで乗り切ります。ナイフで掌を切られて教会の秘密を白状させられても、翌日にはジャックとモントヤの喧嘩を体を張って止めたり、ジャックに笑顔で手を振ったり。切られた時にジャックが打ち明けた過去の真実を聞いて、全てを許し、ジャックの力になろうとしたんだと思います。

 

ジャックとアダム神父を見ていると、加藤諦三さんの著書『自分のうけいれ方』の中の「お母さんの木」の話を思い出します。この映画で「木」は下ネタですが、「お母さんの木」は違いますよ。「お母さんの木」とは、母なるものをもった母親がおらず、心理的に健康な人とはまったく違う育ち方をした人が、母親の代わりにする安らぎの木(風景などでもいい)。アダム神父はジャックにとってこの「お母さんの木」になり得るんじゃないかと。15歳年下の男に「お母さん」は変ですけど、キリスト教でいう「愛」は人一倍強いので。

 

 

ワリオの「お母さんの木」は、アダム神父が監視カメラごしに笑顔でジャックに手を振る光景です。ずっと探していた「お母さんの木」をやっと見つけたと思いました。自分もアダム神父のような思いやりをもって、人を許せたらいいなと思います。

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